Ryo's Diary

日常で感じた違和感や心が動いた体験を書き留めています。主なテーマは仕事、本、吃音など。

映画版『志乃ちゃん』感想

吃音当事者会のイベントで映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』を観てきました。漫画版の方は数年前に吃音界で話題になっていたので読んだことがありまが、改めて映像として観ることで、吃音で苦しんでいた頃の自分と重なり当時の感情を思い出すことが出来ました。

 

※下記からネタバレ含みます

 

 

 

朝起きたときからずっと自己紹介の練習をしているというシーンから始まります。入学式当日は吃音で悩む学生にとって一番恐怖で神経がすり減る1日になります。「明日」が来るのが怖くて前日は一睡も出来なかったという経験が僕にもあります。

 

そして自己紹介本番。自分が絶対に話さないといけない局面が少しずつ確実に迫ってくる時間は恐怖で気が気ではありません。僕の場合、最初の5〜10秒ほど難発が出たあと話せることが多かったので、最初の一言が出るまでが勝負でした。そして自分の番が終わった瞬間の安堵感は計り知れず、その後の他人の自己紹介なんてほとんど頭に入ってきません。

 

志乃ちゃんはかなり重度の吃音なので、自己紹介では失敗する経験が多かったと思います。高校に入学して最初の自己紹介、まだみんな自分のことを「普通の人」として見てくれている中で、 普通ではない自分の一面を無理やりさらけ出さなければいけない。その恐怖は、想像するだけで辛くなってきます。

 

そんな中で、志乃のことを一切馬鹿にせず、でも思ったことはストレートに伝えるかよの存在はとても大きかった。かよ自身がミュージシャンになるという夢を抱きながら音痴という理不尽な状況でもがいていたので、同じように欠点を持つ志乃は少し気になる存在だったと思います。

 

志乃が校舎裏で一人でお弁当を食べながら、妄想の中で友達とお弁当を交換したり、新しくできたカフェの話をするシーン。妄想が頭の中だけにとどまらず、本当に隣にいるかのようにおかずをあげるふりをしたり実際に声に出して会話をしているという場面がありました。

 

実は僕もこういうことがたまにあります。吃音者あるあるなのか、他の人には聞いたことないのですが...。吃音がある自分の中にはもう一人の自分(普通に話せてクラスの皆と打ち解けている)がいて、意識は内側の中にいてその中で話しているつもりが現実世界に声が漏れている状況ではないかと考えています。現実とパラレルワールドのはざまにいる状態と言えばわかりやすいのかな。

 

志乃が初めてカラオケで歌ったシーン。歌声を聴いたらゾワァ〜っとしてきました。志乃の中に、何か宝物を見つけたような感覚がしました。

 

気になるのは、キクチが現れてからかよを避けるようになってしまうシーン。映画を見終わったあと、「なんで志乃ちゃん急に避けるようになったん?」とやはり疑問に思っている人がいました。正直、僕もそれはわからないし、キクチやかよにもそれはわからなかったと思います。

 

僕の推測では、唯一心を許せるかよとの楽しい時間がキクチが現れたことで脅かされてしまったことに対する悲しさ、かよが自分以外の人と楽しくしていることへの嫉妬、そして、そう感じてしまう自分への苛立ちなどの感情がグルグルしていたんじゃないかと思います。キクチがアイスを奢って「俺のせいだよね...?」と訳もわからず謝っているのに対して「なんで!」と言ってたので、「私が勝手にネガティブになってるだけなのになんで謝るの」というニュアンスなのかなと解釈してしています。キクチは何も悪くないこと、志乃は分かってると思うから。もしかしたら「言わないと気持ちは伝わらない」ってことを客観的な視点で見せることで観客に伝えたかったという作り手の意図もあるかもしれない。特に吃音のある人は視野が極端に狭くて、自分の世界を中心に物事を見てしまうことがあるから。

 

それでも、何が何だかわからず理不尽に志乃に避けられながらも、必死に志乃に歩み寄ろうとするかよには心を打たれました。そして一人で文化祭に出て歌う勇気。初めは路上でギターを弾くことすら出来なかったのに、すごい成長だと思います。しかも自分で詞を書いたオリジナルソング。しのかよ二人の想いを投影した歌詞には気持ちがすごく伝わってきました。

 

大人なった今の僕は、自分で環境を選んで調整できるから吃音で悩むことはほとんどありません。ある意味、辛かった記憶を都合よく忘れている状態でもあります。この映画を観て当時の感情を思い出すことができたから、この気持ちを忘れずに現在悩んでいる当事者の方々と向き合っていきたいと思います。

 

スポットライトが当たれば話せる

 
僕の職場では倫理法人会が推奨する活力朝礼を取り入れています。その中で職場の教養という冊子を読み、その内容に関して自分の感想を話すという時間があります。昨日は僕が担当で、冊子の内容が「親の思いを知る」というテーマだったので親に対する気持ちを話させていただきました。
 
「僕は親に愛されて育ったという実感がないので、親のことを考えるとつい複雑な気持ちになってしまいます。でも大人になって気付いたことがあって、それは当時の両親には子どもを愛する余裕がなかったのではないかなということです。父と母は昔から仕事を転々としていて自立した生活を送ることができず、生活費は同居している祖父に依存していました。仕事のない日はひたすらパチンコに行き、いま考えると何を生きがいにしていたのかわかりません。現在父と母は離婚して、母は親の援助を受けながらなんとか生活していますが、父は生活保護を受けて暮らしています。そういう自分が幸せではない状況にいながら、子どもを愛する余裕なんてなかったんじゃないかなと今では思えるようになりました。だから、他の親と比較してしてくれなかったことを責めるのではなく、余裕がない状況の中でしてくれたことに覚えている限り感謝したいと思います」
 
朝礼後、何人かの方が声をかけてくれました。「家庭の事情なんて全然知らなかった。感動したよ。頑張れよ」「Ryoくんの話すごくよかった。見直した」という感想を言ってくれたり「Ryoさんの話はとてもショッキングでした。僕も実は貧乏な家庭に生まれて体も弱かったので...」と入社以来まともに話したことのない人が自身の体験を打ち明けてくれました。
 
実は朝礼直前になって緊張してきて、やっぱり当たり障りない感想言って終わろうかなと一瞬考えたんですけど、ここで逃げたら成長できないと思い直し話す覚悟ができました。結果として話せて本当によかったと思います。
 
こうやって今では人前で話すことにかなり自信がついてきました。これは吃音当事者会を通じて発表の場にたくさん出させて頂いた経験が大きいのですが、一番最初のきっかけはある友人に言われた言葉でした。
 
僕はいつも複数人で話している輪に入ることができなくて「自分は人と話すことが苦手なんだ」と悩んでいました。そんなとき、ある友人が「Ryoはスポットライトが当たれば話せるタイプだから」と言ってくれました。そう言われると、確かに自分が一方的に話せる場面ではちゃんと自分の気持ちを伝えることができていることに気付くことができました。
 
それ以来、体験談発表などに積極的に参加することで人前で話すことに苦手意識が無くなっていきました。自分が得意な方法で自分のことを表現すればいいということに気付かせてくれた友人にはとても感謝しています。
 
<おまけ>
平日から長々と書いてしまいました。高校生のとき使っていた国語の教科書に「日々の中でふと気になったことはノートに書き残しておくとよい。例えば空が綺麗だなと思っても、時が経てばその感情は忘れてしまうから」という内容が書かれていたのが印象に残っていて、僕も忘れたくないことは出来るだけ書き残していきたいと思います。

英語を学ぶということ

土日はスクーリングで必修科目の「アメリカの文化と言語」という授業を二日間ぶっ通しで受けました。ちなみに英語の授業なんて高校生以来なので8年ぶりです。

 

事前にテキストを眺めてみたけど、難しそうな内容で英文も全く読めませんでした。多少の不安は抱えつつも、他の学生も同じような英語力だろうと特に予習はせずに授業に臨みました。

 

スクーリングでは、二日間でテキスト4章分(4人分)のエッセイを扱いました。その4人はキング牧師ヘミングウェイビル・ゲイツ、グロリア・スタイネムです。

 

授業の進め方としては、まず英文を1段落ずつ先生に続けてリピートする。言語学者曰く「読めない単語は覚えられない」そうです。1段落読めたら、単語や文法を簡単に説明して、そのまま次の段落に進むを繰り返します。こうして全文読み終えたら、各グループごとに指定された部分の和訳をして発表するという流れです。

 

予想通り、英語が苦手な人ばかりでした。知らない単語は辞書で調べて、とりあえず日本語の意味が通るようにしただけです。

 

テキストが終わったら、その内容についての資料や動画を見て理解を深めました。実は先に述べた4人のことは、名前は聞いたことがあっても何をした人なのかよく知りませんでした。

 

黒人差別撤廃運動の指導者キング牧師ノーベル文学賞作家ヘミングウェイマイクロソフト創業者ビル・ゲイツ、女性解放運動家グロリア・スタイネフという魅力あふれる人達のエピソードはどれも面白かったです。そして、こんな素晴らしい人達のことを今まで知らなかった僕はなんて無知なんだろうと恥ずかしくなりました。

 

今まで英語の勉強をしようとしたとき、テキストを開いたらどのような文法や表現が使われているかばかりを気にしていました。そして一通り訳せたら満足して、内容を吟味することなく次の問題に進んでいました。

 

当たり前のことだけど、英語はただ訳すだけじゃなくて、その内容について学んだり考えることが大切だということに気付きました。このことを意識するだけでテキストの見方が全く変わってくると思います。

 

そういえば前回のスクーリングで、遺伝子に詳しい先生が「日本人が英語が上達しないのは、不安感情を和らげるセロトニンを有効利用できないSS型という遺伝子を持つ人が多いから」という話をしていました。自分の英語が合っているか気にするあまり話しかけることもできないのです(昨日覚えたtoo ~to ~構文みたい)。他にも利己的な遺伝子や人類誕生にまつわる話をしてくださり、本来の授業とは関係ない知識をたくさん与えていただきました。

 

こうして横道に逸れながらも興味の対象を広げてたくさんのことを学んでいきたいです。

当事者意識を持つ

2年以上前に書いた「大人になって気付いた親の気持ち」という記事の中で、授業料が払えず高校を卒業できなかったという話をしました。

 

卒業式当日は、母も罪悪感を感じてか「ごめん」と素直に謝っていました。何事も自分が悪いとは認めない人で、謝罪の言葉なんて聞いたことがなかったので少し戸惑いました。それで僕も強がりを言って「別にいいよ」と答えたというところまでは書きました。

 

でも徐々に悔しさがこみ上げてきて、数日経ったある日、つい母に「どうして授業料払えないなら、もっと早く言ってくれなかったんだよ。俺、バイトしようかって聞いたじゃん。あんたは勉強頑張ってればいいよって言われたからその言葉を信じて頑張ってきたのに...」と責めることを言ってしまいました。

 

すると母は「終わったこといつまでもうだうだ言っとんなや!そんなこと言っても何も変わらんやろいや!」と僕の気持ちなど構うことなく不快感を露わにしていました。このとき、ようやく気付きました。この人は僕に何もしてくれない。親の言うことなんて、絶対に信じてはいけないって。

 

正直、授業料の件について当時は親が払うものだと思い込んでいました。それは大人が解決する問題だし、子供の僕はただ勉強をしていればいいと考えていたのです。

 

でもそれって、ただ現実から目を逸らしていただけなんですよね。僕も心の中では、「本当に授業料払えるのかな」と疑いを持ち続けていました。自分の学校のことなのに、他人事のように傍観していただけだったんです。

 

あのとき本当にすべきだったのは、勉強を頑張ることではなく親と授業料の件についてしっかり話し合うことでした。そして、親にその気がないと判断したなら自分でバイトをして学費を稼ぐべきだったんです。

 

話が変わりますが、吃音で悩んでいたときも自分の力で問題解決しようとせず、「いつか特効薬が開発されて吃音が無くなってから人生を取り戻そう」「いつか吃音の認知度が上がれば周りのみんな理解してくれるかもしれない」と自分の人生を他人任せにしていました。

 

自分の力で問題に取り組み解決しようとする心構え、つまり当事者意識に欠けていたのです。

 

その後しばらくは未納分の学費を自分で払う気持ちになれませんでした。でも大学に行きたいという気持ちが捨てきれず、時間はかかっても自分で学費を稼ごうと決心しました。それからはあっという間で、高校の学費は一年足らずで払い終え、その後二年間かけて大学入学に必要な資金を集めました。

 

学費にしても吃音にしても、他の人よりスタート地点が遅れていたり道中に障害物が多いだけです。それを受け入れられずゴネてたら、一歩も先に進めない。現実を受け入れて踏み出せば、あとはゴールに向かって突き進むだけ。

 

そもそも、どんなにスタート地点が遅れていて長く曲がりくねった道のりでも、その道のりを進めること自体が恵まれていることだと思います。スタート地点にすら立てない人が、どれだけたくさんいるんだろう。

 

他人がどういうコースを走っているかに気をとらわれず、僕は自分の道をひたすら突き進みたいと思います。

吃音と通院歴、STへのお願い

近々、吃音の体験談発表をする機会があるので自身の吃音との関わりを思い出しながらアウトプットしています。

 

高校1年生のとき、吃音ではもちろん悩んでいたけど、昼夜逆転の生活で睡眠時間が2~3時間しか取れないことも大きなストレスだったので脳神経外科を受診しました。

 

睡眠薬をもらいつつ、当時は吃音という言葉も知らなかったので、「話そうとしても言葉が出てこなくて困っている」という風に医師に相談しました。高校生の頃は難発だったので「話そうとしても呼吸が止まって苦しくなる」という説明をしたら、「ストレスはありますか」とか「モヤモヤ病かもしれない」と言われ、MRIやMRAといった検査を受けました。結果はやはり異常なし。原因はわからず抗不安薬を処方されただけでした。

※この頃は人前で絶対にどもらないようにしていたので、連発になりそうな言葉は極力避けるか無言の時間が続いても時間をかけて言っていたので、相手からは吃音があるとは気付かれなかった。

 

その後高校2年生になり、吃音という言葉を初めて知りました。ネットで調べると耳鼻科が吃音を診ていると書いてあったので、実家近くの耳鼻科を受診しました。口や鼻の中など目視で確認されて異常はないと言われましたが、「大学病院で吃音の訓練をしているから」と紹介状を書いてくれました。後日、大学病院の言語外来を受診しました。

 

大学病院では「ジャックと豆の木」の音読をしたり、僕が吃音で悩んでいることを打ち明けました。しかしそこで言われたのは、「あなたの症状は軽いから気にすることはない」「もっと症状の重い人がいる。少しどもったくらいのことで気にしてはいけない」「あなたが大人になって、例えば空手の先生でもやるようになったら吃音なんて治ってるよ」といった内容でした。正直、期待外れにもほどがありました。

 

そんなことを言われても何も解決しない。症状が軽かったのはたまたま静かで話しやすい場所だったからだし、普段親と話すときは2、3語文すらまともに出てこない。第一、知り合いの空手の先生に症状の重い連発の人がいて、稽古に参加している子どもの保護者がその姿を見て笑っていたのを見たこともあるので、そんな話が信じられるはずがなかった。

 

実は親に吃音のことで病院に行きたいと伝えたところ、かなり口論になりました。「いま普通に話せとるがん」「もし言葉が出てこなかったとしても、『ちょっと待ってて』って言えばいいだけじゃないん」「そんなに病院行きたきゃ勝手に行けばいいがん」と僕の気持ちを全く理解してくれない、しようともしない発言にうんざりしていました。だから、病院で「あなたは障害者です」と断言してくれた方が、みんな僕の気持ちをわかってくれる、僕の吃音に真剣に向き合ってくれると信じていました。受診後「やっぱりあんたの考えすぎやわいね」と親に言われたのがとてもショックでした。吃音を気にしないなんて絶対に無理だし、もうなす術がないと無力感と絶望に襲われました。

 

このような経緯から、当時言語外来の先生にどういう対応をして欲しかったのか当事者目線で書いていきます。

 

まずは、その人が吃音でどのように悩んでいたり困っているのかしっかり聞いてあげてほしいです。一人で悩みを抱え込みやすい吃音者にとって、誰かに話を聞いてもらうだけでも心が軽くなることがあるから。

 

その上で「それは辛かったですね」というように、吃音で悩んでいることを肯定する言葉をかけてあげてほしい。この一言があるだけで「この人は私のことを分かってくれている」と安心できるから。

 

しかしながら、STでも吃音についての知識はほとんど無いって人は少なくないと思います。それ以上は何もしてあげられないかもしれません。だからせめて、その人が次のアクションを起こせるような手がかりを何かひとつでも与えてあげてほしいなと思います。

 

例えば、言友会のようなセルフヘルプグループを紹介する。他の訓練をしていたり知識のある先生を紹介するなど。「うちでは吃音は診てないので...」と受診拒否されることもたまにあるみたいです。

 

吃音者にとって、悩みを無くすには「吃音を治すしかない」と思い込んでいる人が多いと思います。僕もそうでした。もちろん訓練をすることで症状が軽くなれば、悩みも軽くなるでしょう。しかし、訓練の成果には個人差があるし、そのための時間や費用もそれなりにかかるはずです。

 

だから吃音に対する受け止め方を変えることでも悩みを軽くできるということを知ってほしい。そのためには、言友会に参加したり、カウンセリングを受けたり、認知行動療法アドラー心理学について勉強したり、カミングアウトや環境調整など様々なアプローチが挙げられます。ハードルは高く感じられるかもしれないけど、悩みを軽くすることが目的ならこっちの方が近道の場合もあります。

 

もちろん悩みは軽くなるとはいえ、生き辛さは残るし、僕の場合大声での会話や飲み会での早いテンポの会話についていくなど諦めていることもあります。仕事も場合によって妥協する必要があるかもしれません。だから、どうしても吃音を治してやりたいことがあるなら、吃音改善の訓練を受けることをおすすめします。今では吃音当事者STがたくさんいて、訓練できる人も増えてきました。

 

大切なのは、その人の悩みの本質を見抜くことかなと思います。それは自分自身でも気付いていない場合がほとんどだから。顧客が気付かない課題を考え解決策を創造するという、問題解決のビジネス書ではよくある話です。

 

とはいえ、普通のSTにここまで求めるのは酷だと思います。仮に受診に来られても吃音の知識がなくて何もできないくらいなら、その時間を他の障害を持つ人たちの訓練に当てた方が良いのかもしれません。第一、社会人はやることに追われていてそこまで考えたり相手をする余裕がない場合もあるでしょう。

 

それに何から何まで他人に教えてもらうのも、その人のためにならないかもしれない。人が変わるときって、自分で考えて行動して、上手くいかなかったら軌道修正してそれが成功して自信になって...といったプロセスを歩むことが大切だから。流されるままに色々試しているだけではきっと変われない。知識があると色々教えたくなってしまうけど、自分で問題と向き合い成長するチャンスを奪ってしまう可能性だってある。

 

とりあえず、「あなたの症状は軽いから気にしなくていい」なんて表面的な症状だけをみて軽はずみな言葉をかけるのだけはやめて欲しいです。受診に来ているという時点で、思いつめている可能性が高いし、予約するのにも勇気を出して電話したかもしれないから。

 

おしまい。

言友会と出会い気付いたこと

2012年10月27日(土)、SNSで知り合った同い年の吃音のある男性に誘われて初めて言友会の例会に参加しました。

 

例会当日は、会場がある最寄駅で誘ってくれた男性と待ち合わせして一緒に向かいました。その男性とはその日が初対面でしたが、当時の僕より吃音症状が重くて、第一声が出てくるのに10秒以上かかっていたと思います。

 

一方の僕は、彼と比べればスラスラ言葉は出ていたと思います。「りょうくんの吃音は軽い方だね」と彼に言われたことを覚えています。ただそれは、まだ人前でどもることに抵抗があり自分の言いやすい言葉だけを選択して話していたので、そのように見えていただけかもしれませんが。

 

例会には、僕を含めて12名が参加していました。10代〜30代が約半数いて、若い参加者が多いことに驚きました。

 

例会には、僕とは比べ物にならないほど症状の重い人が何人も来ていました。それでも皆、その人が話すときは黙って話に耳を傾けていたのが印象的でした。

 

参加者全員がどもるという不思議な空間に緊張もほぐれてきて、初めて自分の気持ちをさらけ出すことができました。気付けば自分の口から次々と言葉が溢れていました。自分がこんなにも話せるなんて知らなかった。

 

今まで誰も、僕の悩みを理解したり受け止めてくれる人はいなかった。でもここでは、皆が話を聞いてくれて、慰めてくれる。ようやく自分の居場所を見つけることができました。

 

それからというもの、例会がある日は毎回参加するようになりました。そして沢山の吃音のある人達と話すことで、色々なことに気付くことができました。

 

一番は、どもることは恥ずかしいことではないと気付けたこと。言葉につまりながらも自分の気持ちをしっかりと伝えようとしている皆の姿を見て、すごく立派だと感じたし、むしろカッコいい思えたから。

 

仕事や恋愛、趣味と自分のやりたいことをしている人も沢山いました。「吃音だから〇〇できない」というのは、全部自分の思い込みだったと気付きました。

 

次第に僕の気持ちにも変化が出てきて、周りの身近な人たちにも吃音のことをオープンにできるようになりました。僕の場合は直接言葉で伝えるのが難しかったので、SNSに「僕は吃音という言語障害があります」という風に投稿して、皆に知ってもらいました。

 

「吃音があると知られたら、周りから障害者と差別されるかもしれない」と思っていたけど、それは僕自身が障害者に対して偏見を持っていて差別していたのかもしれません。吃音は僕という人間の一部であり、障害者という人間ではないから。

 

そのうち言友会メンバーとプライベートでも遊ぶようになり、ナガシマスパーランド、京都、下呂温泉など色んなところに行きました。そうして充実した日々を過ごすうちに、また一つ大切なことに気付きました。

 

僕はどもることに悩んでいたのではなくて、そのことを気にするあまり友達と遊んだり、恋愛をしたり、映画館に行ったり、飲食店に入ったりなど他の人が当たり前にしていることが出来ないことに悩んでいたのだと気付きました。吃音自体は、ただ自分のタイミングで思うように言葉が出てこないという症状に過ぎないから。

 

だから、これからの人生は吃音にとらわれず自分のやりたいことをしていきたい。できるできないじゃなくて、やるかやらないか。

 

世界にはもっと厳しい状況にいながらも自分のやりたいことを実現している人がたくさんいる。だから、大丈夫。たかが吃音、そんなものに自分のやりたいことの邪魔はさせない。

 

強がりじゃなく、心から「吃音があったおかげでこんなことができた」と言えるように、これからも挑戦し続けていきます。

人生は自分の心を映し出す鏡

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久しぶりに読んだら泣けた。ここ数日、自分のやりたいことが出来ない状況が続いたり、今までに色んな人に言われた傷付く言葉を思い出してはイライラしたりで、心がやすらぐことがなかった。

 

そして昨日、自分の中で何かがはじける音がして、とうとう感情を抑えることが出来なかった。ひどく後悔したし、そんな風になってしまう自分が怖かった。

 

頭を冷やそうと自分の部屋に閉じこもっていたとき、ふと本棚の片隅にあったこの本が目に入った。気付いたときには読み始めていた。

 

「人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気付かせてくれるために起こります。そして、あなたに解決できない問題は決して起こりません。あなたに起きている問題は、あなたに解決する力があり、そしてその解決を通じて大切なことを学べるから起こるのです。」

 

現在の境遇が受け入れ難くて、毎日とても苦しかった。自分の意思を尊重できず流された結果のこととはいえ、結局は自分で選んでしまった道でもある。人生で初めて後悔という感情を味わった。

 

そんなときだからこそ、上記の言葉は心に沁み渡った。自分がいま、一番必要としている言葉だったから。

 

辛いことはたくさんある。それでも、それのおかげで気付けたこともたくさんある。自分の身に降りかかる困難は、全て起こるべくして起こっていて、何かを気付かせてくれるために起こっているのだとしたら、どんなことも受け入れられる気がする。

 

もうひとつ、「ゆるす」ことについて書かれていた内容も大切なことを気づかせてくれた。

 

「『ゆるす』とは、過去の出来事へのとらわれを手放し、相手を責めることをやめ、今この瞬間のやすらぎを選択すること。」

 

自分の周りには「ゆるせない」人がたくさんいた。毎日その人たちのことを考えて心の中で責めては、一人で苦しんでいた。

 

でもそんな毎日、もうコリゴリ。だから、もう「ゆるす」ことにしよう。他の誰のためでもなく、自分のために。苦しみから解放されて、自分の人生を生きるために。

 

私はあなたをゆるします。私自身の、自由のために。

私はあなたをゆるします。私自身の、幸せのために。

私はあなたをゆるします。私自身の、やすらぎのために。