Ryo's Diary

日々の中でふと気になったことや感じたことを忘れないうちに書いていきます。主なテーマは仕事、読書、映画、吃音など。

英語を学ぶということ

土日はスクーリングで必修科目の「アメリカの文化と言語」という授業を二日間ぶっ通しで受けました。ちなみに英語の授業なんて高校生以来なので8年ぶりです。

 

事前にテキストを眺めてみたけど、難しそうな内容で英文も全く読めませんでした。多少の不安は抱えつつも、他の学生も同じような英語力だろうと特に予習はせずに授業に臨みました。

 

スクーリングでは、二日間でテキスト4章分(4人分)のエッセイを扱いました。その4人はキング牧師ヘミングウェイビル・ゲイツ、グロリア・スタイネムです。

 

授業の進め方としては、まず英文を1段落ずつ先生に続けてリピートする。言語学者曰く「読めない単語は覚えられない」そうです。1段落読めたら、単語や文法を簡単に説明して、そのまま次の段落に進むを繰り返します。こうして全文読み終えたら、各グループごとに指定された部分の和訳をして発表するという流れです。

 

予想通り、英語が苦手な人ばかりでした。知らない単語は辞書で調べて、とりあえず日本語の意味が通るようにしただけです。

 

テキストが終わったら、その内容についての資料や動画を見て理解を深めました。実は先に述べた4人のことは、名前は聞いたことがあっても何をした人なのかよく知りませんでした。

 

黒人差別撤廃運動の指導者キング牧師ノーベル文学賞作家ヘミングウェイマイクロソフト創業者ビル・ゲイツ、女性解放運動家グロリア・スタイネフという魅力あふれる人達のエピソードはどれも面白かったです。そして、こんな素晴らしい人達のことを今まで知らなかった僕はなんて無知なんだろうと恥ずかしくなりました。

 

今まで英語の勉強をしようとしたとき、テキストを開いたらどのような文法や表現が使われているかばかりを気にしていました。そして一通り訳せたら満足して、内容を吟味することなく次の問題に進んでいました。

 

当たり前のことだけど、英語はただ訳すだけじゃなくて、その内容について学んだり考えることが大切だということに気付きました。これだけでテキストの見方が全く変わってきそう。

 

そういえば前回のスクーリングで、遺伝子に詳しい先生が「日本人が英語が上達しないのは、不安感情を和らげるセロトニンを有効利用できないSS型という遺伝子を持つ人が多いから。」という話をしていました。自分の英語が合っているか気にするあまり話しかけることもできないのです(昨日覚えたtoo ~to ~構文みたい)。他にも利己的な遺伝子や人類誕生にまつわる話をしてくれて、本来の授業とは全く関係ない知識をたくさん与えていただきました。

 

こうして横道に逸れながら興味の対象を広げてこれからもたくさんのことを学んでいきたいです。

当事者意識を持つ

2年以上前に書いた「大人になって気付いた親の気持ち」という記事の中で、授業料が払えず高校を卒業できなかったという話をしました。

 

卒業式当日は、母も罪悪感を感じてか「ごめん」と素直に謝っていました。何事も自分が悪いとは認めない人で、謝罪の言葉なんて聞いたことがなかったので少し戸惑いました。それで僕も強がりを言って「別にいいよ」と答えたというところまでは書きました。

 

でも徐々に悔しさがこみ上げてきて、数日経ったある日、つい母に「どうして授業料払えないなら、もっと早く言ってくれなかったんだよ。俺、バイトしようかって聞いたじゃん。あんたは勉強頑張ってればいいよって言われたからその言葉を信じて頑張ってきたのに...」と責めることを言ってしまいました。

 

すると母は「終わったこといつまでもうだうだ言っとんなや!そんなこと言っても何も変わらんやろいや!」と僕の気持ちなど構うことなく不快感を露わにしていました。このとき、ようやく気付きました。この人は僕に何もしてくれない。親の言うことなんて、絶対に信じてはいけないって。

 

正直、授業料の件について当時は親が払うものだと思い込んでいました。それは大人が解決する問題だし、子供の僕はただ勉強をしていればいいと考えていたのです。

 

でもそれって、ただ現実から目を逸らしていただけなんですよね。僕も心の中では、「本当に授業料払えるのかな」と疑いを持ち続けていました。自分の学校のことなのに、他人事のように傍観していただけだったんです。

 

あのとき本当にすべきだったのは、勉強を頑張ることではなく親と授業料の件についてしっかり話し合うことでした。そして、親にその気がないと判断したなら自分でバイトをして学費を稼ぐべきだったんです。

 

話が変わりますが、吃音で悩んでいたときも自分の力で問題解決しようとせず、「いつか特効薬が開発されて吃音が無くなってから人生を取り戻そう」「いつか吃音の認知度が上がれば周りのみんな理解してくれるかもしれない」と自分の人生を他人任せにしていました。

 

自分の力で問題に取り組み解決しようとする心構え、つまり当事者意識に欠けていたのです。

 

その後しばらくは未納分の学費を自分で払う気持ちになれませんでした。でも大学に行きたいという気持ちが捨てきれず、時間はかかっても自分で学費を稼ごうと決心しました。それからはあっという間で、高校の学費は一年足らずで払い終え、その後二年間かけて大学入学に必要な資金を集めました。

 

学費にしても吃音にしても、他の人よりスタート地点が遅れていたり道中に障害物が多いだけです。それを受け入れられずゴネてたら、一歩も先に進めない。現実を受け入れて踏み出せば、あとはゴールに向かって突き進むだけ。

 

そもそも、どんなにスタート地点が遅れていて長く曲がりくねった道のりでも、その道のりを進めること自体が恵まれていることだと思います。スタート地点にすら立てない人が、どれだけたくさんいるんだろう。

 

というわけで、他人がどういうコースを走っているかに気をとらわれず、僕は自分の道をひたすら突き進みたいと思います。

 

では。

吃音と通院歴、STへのお願い

近々、吃音の体験談発表をする機会があるので自身の吃音との関わりを思い出しながらアウトプットしています。

 

高校1年生のとき、吃音ではもちろん悩んでいたけど、昼夜逆転の生活で睡眠時間が2~3時間しか取れないことも大きなストレスだったので脳神経外科を受診しました。

 

睡眠薬をもらいつつ、当時は吃音という言葉も知らなかったので、「話そうとしても言葉が出てこなくて困っている」という風に医師に相談しました。高校生の頃は難発だったので「話そうとしても呼吸が止まって苦しくなる」という説明をしたら、「ストレスはありますか」とか「モヤモヤ病かもしれない」と言われ、MRIやMRAといった検査を受けました。結果はやはり異常なし。原因はわからず抗不安薬を処方されただけでした。

※この頃は人前で絶対にどもらないようにしていたので、連発になりそうな言葉は極力避けるか無言の時間が続いても時間をかけて言っていたので、相手からは吃音があるとは気付かれなかった。

 

その後高校2年生になり、吃音という言葉を初めて知りました。ネットで調べると耳鼻科が吃音を診ていると書いてあったので、実家近くの耳鼻科を受診しました。口や鼻の中など目視で確認されて異常はないと言われましたが、「大学病院で吃音の訓練をしているから」と紹介状を書いてくれました。後日、大学病院の言語外来を受診しました。

 

大学病院では「ジャックと豆の木」の音読をしたり、僕が吃音で悩んでいることを打ち明けました。しかしそこで言われたのは、「あなたの症状は軽いから気にすることはない」「もっと症状の重い人がいる。少しどもったくらいのことで気にしてはいけない」「あなたが大人になって、例えば空手の先生でもやるようになったら吃音なんて治ってるよ」といった内容でした。正直、期待外れにもほどがありました。

 

そんなことを言われても何も解決しない。症状が軽かったのはたまたま静かで話しやすい場所だったからだし、普段親と話すときは2、3語文すらまともに出てこない。第一、知り合いの空手の先生に症状の重い連発の人がいて、稽古に参加している子どもの保護者がその姿を見て笑っていたのを見たこともあるので、そんな話が信じられるはずがなかった。

 

実は親に吃音のことで病院に行きたいと伝えたところ、かなり口論になりました。「いま普通に話せとるがん」「もし言葉が出てこなかったとしても、『ちょっと待ってて』って言えばいいだけじゃないん」「そんなに病院行きたきゃ勝手に行けばいいがん」と僕の気持ちを全く理解してくれない、しようともしない発言にうんざりしていました。だから、病院で「あなたは障害者です」と断言してくれた方が、みんな僕の気持ちをわかってくれる、僕の吃音に真剣に向き合ってくれると信じていました。受診後「やっぱりあんたの考えすぎやわいね」と親に言われたのがとてもショックでした。吃音を気にしないなんて絶対に無理だし、もうなす術がないと無力感と絶望に襲われました。

 

このような経緯から、当時言語外来の先生にどういう対応をして欲しかったのか当事者目線で書いていきます。

 

まずは、その人が吃音でどのように悩んでいたり困っているのかしっかり聞いてあげてほしいです。一人で悩みを抱え込みやすい吃音者にとって、誰かに話を聞いてもらうだけでも心が軽くなることがあるから。

 

その上で「それは辛かったですね」というように、吃音で悩んでいることを肯定する言葉をかけてあげてほしい。この一言があるだけで「この人は私のことを分かってくれている」と安心できるから。

 

しかしながら、STでも吃音についての知識はほとんど無いって人は少なくないと思います。それ以上は何もしてあげられないかもしれません。だからせめて、その人が次のアクションを起こせるような手がかりを何かひとつでも与えてあげてほしいなと思います。

 

例えば、言友会のようなセルフヘルプグループを紹介する。他の訓練をしていたり知識のある先生を紹介するなど。「うちでは吃音は診てないので...」と受診拒否されることもたまにあるみたいです。

 

吃音者にとって、悩みを無くすには「吃音を治すしかない」と思い込んでいる人が多いと思います。僕もそうでした。もちろん訓練をすることで症状が軽くなれば、悩みも軽くなるでしょう。しかし、訓練の成果には個人差があるし、そのための時間や費用もそれなりにかかるはずです。

 

だから吃音に対する受け止め方を変えることでも悩みを軽くできるということを知ってほしい。そのためには、言友会に参加したり、カウンセリングを受けたり、認知行動療法アドラー心理学について勉強したり、カミングアウトや環境調整など様々なアプローチが挙げられます。ハードルは高く感じられるかもしれないけど、悩みを軽くすることが目的ならこっちの方が近道の場合もあります。

 

もちろん悩みは軽くなるとはいえ、生き辛さは残るし、僕の場合大声での会話や飲み会での早いテンポの会話についていくなど諦めていることもあります。仕事も場合によって妥協する必要があるかもしれません。だから、どうしても吃音を治してやりたいことがあるなら、吃音改善の訓練を受けることをおすすめします。今では吃音当事者STがたくさんいて、訓練できる人も増えてきました。

 

大切なのは、その人の悩みの本質を見抜くことかなと思います。それは自分自身でも気付いていない場合がほとんどだから。顧客が気付かない課題を考え解決策を創造するという、問題解決のビジネス書ではよくある話です。

 

とはいえ、普通のSTにここまで求めるのは酷だと思います。仮に受診に来られても吃音の知識がなくて何もできないくらいなら、その時間を他の障害を持つ人たちの訓練に当てた方が良いのかもしれません。第一、社会人はやることに追われていてそこまで考えたり相手をする余裕がない場合もあるでしょう。

 

それに何から何まで他人に教えてもらうのも、その人のためにならないかもしれない。人が変わるときって、自分で考えて行動して、上手くいかなかったら軌道修正してそれが成功して自信になって...といったプロセスを歩むことが大切だから。流されるままに色々試しているだけではきっと変われない。知識があると色々教えたくなってしまうけど、自分で問題と向き合い成長するチャンスを奪ってしまう可能性だってある。

 

とりあえず、「あなたの症状は軽いから気にしなくていい」なんて表面的な症状だけをみて軽はずみな言葉をかけるのだけはやめて欲しいです。受診に来ているという時点で、思いつめている可能性が高いし、予約するのにも勇気を出して電話したかもしれないから。

 

おしまい。

言友会と出会い気付いたこと

2012年10月27日(土)、SNSで知り合った同い年の吃音のある男性に誘われて初めて言友会の例会に参加しました。

 

例会当日は、会場がある最寄駅で誘ってくれた男性と待ち合わせして一緒に向かいました。その男性とはその日が初対面でしたが、当時の僕より吃音症状が重くて、第一声が出てくるのに10秒以上かかっていたと思います。

 

一方の僕は、彼と比べればスラスラ言葉は出ていたと思います。「りょうくんの吃音は軽い方だね」と彼に言われたことを覚えています。ただそれは、まだ人前でどもることに抵抗があり自分の言いやすい言葉だけを選択して話していたので、そのように見えていただけかもしれませんが。

 

例会には、僕を含めて12名が参加していました。10代〜30代が約半数いて、若い参加者が多いことに驚きました。

 

例会には、僕とは比べ物にならないほど症状の重い人が何人も来ていました。それでも皆、その人が話すときは黙って話に耳を傾けていたのが印象的でした。

 

参加者全員がどもるという不思議な空間に緊張もほぐれてきて、初めて自分の気持ちをさらけ出すことができました。気付けば自分の口から次々と言葉が溢れていました。自分がこんなにも話せるなんて知らなかった。

 

今まで誰も、僕の悩みを理解したり受け止めてくれる人はいなかった。でもここでは、皆が話を聞いてくれて、慰めてくれる。ようやく自分の居場所を見つけることができました。

 

それからというもの、例会がある日は毎回参加するようになりました。そして沢山の吃音のある人達と話すことで、色々なことに気付くことができました。

 

一番は、どもることは恥ずかしいことではないと気付けたこと。言葉につまりながらも自分の気持ちをしっかりと伝えようとしている皆の姿を見て、すごく立派だと感じたし、むしろカッコいい思えたから。

 

仕事や恋愛、趣味と自分のやりたいことをしている人も沢山いました。「吃音だから〇〇できない」というのは、全部自分の思い込みだったと気付きました。

 

次第に僕の気持ちにも変化が出てきて、周りの身近な人たちにも吃音のことをオープンにできるようになりました。僕の場合は直接言葉で伝えるのが難しかったので、SNSに「僕は吃音という言語障害があります」という風に投稿して、皆に知ってもらいました。

 

「吃音があると知られたら、周りから障害者と差別されるかもしれない」と思っていたけど、それは僕自身が障害者に対して偏見を持っていて差別していたのかもしれません。吃音は僕という人間の一部であり、障害者という人間ではないから。

 

そのうち言友会メンバーとプライベートでも遊ぶようになり、ナガシマスパーランド、京都、下呂温泉など色んなところに行きました。そうして充実した日々を過ごすうちに、また一つ大切なことに気付きました。

 

僕はどもることに悩んでいたのではなくて、そのことを気にするあまり友達と遊んだり、恋愛をしたり、映画館に行ったり、飲食店に入ったりなど他の人が当たり前にしていることが出来ないことに悩んでいたのだと気付きました。吃音自体は、ただ自分のタイミングで思うように言葉が出てこないという症状に過ぎないから。

 

だから、これからの人生は吃音にとらわれず自分のやりたいことをしていきたい。できるできないじゃなくて、やるかやらないか。

 

世界にはもっと厳しい状況にいながらも自分のやりたいことを実現している人がたくさんいる。だから、大丈夫。たかが吃音、そんなものに自分のやりたいことの邪魔はさせない。

 

強がりじゃなく、心から「吃音があったおかげでこんなことができた」と言えるように、これからも挑戦し続けていきます。

失敗を恐れないメンタルの作り方

https://youtu.be/jsr-rgrxmbk

↓メンタリストDaiGoの動画より

 

挑戦出来る人と出来ない人の違い

→失敗に対する考え方

 

失敗する恐怖がなくなれば、挑戦する楽しみしか残らない。失敗しないようにするのではなく、失敗してもいいと思えるようにする。ただし失敗しても気にならない人は、学ばない人。

 

サラ・ブレイクリー(※1)の父

毎日娘に「今日はどんな失敗をしたんだい?」と聞いていた。失敗したことを話したら、挑戦したことを褒めてあげた。リフレーミング。こうして起業家マインドを鍛えた。

※1 補正下着メーカー「スパンクス」の創始者

 

成功するための方法は2パターンある

1.根拠のない自信を持って挑戦する

2.リスクが少なくコストがかからないやり方をする(失敗しようがない方法)

 

知識は人に渡せば渡すほど増えていく。人に説明したり応用すると、経験として必ず戻ってくる。使えば使うほどリターンが得られて、元本が減らないという最強の投資。

 

オタクの人がコミュニケーションうまく取れないのは、「自分はコミュニケーションが下手」という不安が、実際のコミュニケーション能力を下げている。実際にはオタクの人の方が、他人の心を読む能力が高いので、コミュニケーション能力が高いことが研究でわかっている。

 

根拠のある自信は、根拠のない自信から始まる。根拠のない自信のまま行動して、その中の一個が成功すると、根拠のある自信になる。たくさんのものに手を出さないとうまくいかない。

 

たくさん失敗したまま、あるいはたったひとつだけ挑戦して失敗してやめる人が多い。失敗したらヘコんでいる暇はない。学べるだけ学んで、次に行く。一個成功してそれに囚われていたら、工夫をやめたら、いつかそれが落ち目になったときに次に行く勇気が出なくなる。

 

一箇所にしがみ付き続けるのはただの臆病者。失敗を恐れずどんどん新しいことにチャレンジしていくことがかっこいい。

 

自信=自分の力で未来を変えることができると信じる力。セルフ・エフィカシー。自己効力感。

 

自信にはもちろん強弱がある。来年いきなり10億円稼げと言われてそれは無理だと思うのは当然。逆にできると思える人は、何も考えていない頭がわるい人。ここまでならやればできるという、現実的なセルフ・エフィカシーを持つ。

 

自己効力感を鍛えるには

一人の時間を作って考える。自分が何をしてきたか、頑張ってきたか、チャレンジしてきたかを振り返り、それがどれだけ効力があったか確認する。漫然と毎日を過ごしている人が多い。何が自分の人生に効力があったのか全然見ていない。

 

ゲームの例。いつ経験値があがって、いつスコアが上がっているのかわからなかったら面白くないし誰もやらない。ゲームにハマるのは、自分のやったことが一発でフィードバックされて、何をすればいいのか明確になっているから。

 

今日、自分が何をしたのか。何を狙って、どんなことをしたのか。その結果、それは良かったのか悪かったのか。どのくらい良かったのか悪かったのか。次はどう工夫すればいいのか毎日振り返る。一人で考えて振り返って、自分の効力を確認する時間が大事。

 

自己効力感を実感する一番簡単な方法は体を鍛えること。これは体を鍛えることに興味がない人にもおすすめ。自分の体を狙った通りに変えることができたという感覚が、他のチャレンジにも作用する。周りからも「体つきが変わった」と言われるので、自分でも他人でも変化を感じることができる。

 

ダイエットで有効なのは、カロリー計算をするか、毎日鏡の前で脱いで写真を撮ること。体重を測ったり、体脂肪測るのは効果がない。市販の体脂肪計は±5%の幅がある。

 

起業家精神を持つことが大事。人のせいにしている間はいつまで経っても変われない。当事者意識がない。「自分の人生は、他人のせいで決まる。他人の決定や環境によって変わる。自分が頑張ってできることはない、自分は無力だ」と自分に暗示をかけているようなもの。これでは、生きていくのが辛くなる。

 

環境が悪くても、学歴がなくても、親から虐待を受けても成功している人はいる。手足がなくても、目が見えなくても歴史に名を残した人はいる。

 

無力感を感じたときは、自分より遥かに恵まれていない環境にいたり、ハンディキャップを抱えている人たちのストーリーを読むのがよい。物理的に自分より出来ないことがある人たちをみると、自分が恥ずかしくなる。自分にはまだできることがあると思える。こんなこと考えてはいけないなと振り返ることができる。

人生は自分の心を映し出す鏡

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久しぶりに読んだら泣けた。ここ数日、自分のやりたいことが出来ない状況が続いたり、今までに色んな人に言われた傷付く言葉を思い出してはイライラしたりで、心がやすらぐことがなかった。

 

そして昨日、自分の中で何かがはじける音がして、とうとう感情を抑えることが出来なかった。ひどく後悔したし、そんな風になってしまう自分が怖かった。

 

頭を冷やそうと自分の部屋に閉じこもっていたとき、ふと本棚の片隅にあったこの本が目に入った。気付いたときには読み始めていた。

 

「人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気付かせてくれるために起こります。そして、あなたに解決できない問題は決して起こりません。あなたに起きている問題は、あなたに解決する力があり、そしてその解決を通じて大切なことを学べるから起こるのです。」

 

現在の境遇が受け入れ難くて、毎日とても苦しかった。自分の意思を尊重できず流された結果のこととはいえ、結局は自分で選んでしまった道でもある。人生で初めて後悔という感情を味わった。

 

そんなときだからこそ、上記の言葉は心に沁み渡った。自分がいま、一番必要としている言葉だったから。

 

辛いことはたくさんある。それでも、それのおかげで気付けたこともたくさんある。自分の身に降りかかる困難は、全て起こるべくして起こっていて、何かを気付かせてくれるために起こっているのだとしたら、どんなことも受け入れられる気がする。

 

もうひとつ、「ゆるす」ことについて書かれていた内容も大切なことを気づかせてくれた。

 

「『ゆるす』とは、過去の出来事へのとらわれを手放し、相手を責めることをやめ、今この瞬間のやすらぎを選択すること。」

 

自分の周りには「ゆるせない」人がたくさんいた。毎日その人たちのことを考えて心の中で責めては、一人で苦しんでいた。

 

でもそんな毎日、もうコリゴリ。だから、もう「ゆるす」ことにしよう。他の誰のためでもなく、自分のために。苦しみから解放されて、自分の人生を生きるために。

 

私はあなたをゆるします。私自身の、自由のために。

私はあなたをゆるします。私自身の、幸せのために。

私はあなたをゆるします。私自身の、やすらぎのために。

私の吃音歴(発吃~言友会入会前)

吃音はいつから?

最初の記憶は小学校5年生のとき。駄菓子屋で同級生と話しているときに難発で声が出てこなくなり「早く言えよ」と突っ込まれた。

母や祖父母によると、小学校3年生のときに激しく吃る同級生がいて、その子の真似を一時期していたことがあったらしい。それ以来、「あんたが吃るようになったのは、あのとき真似をしたから移ったんだ」と思い込んでいて、私の吃りの話題が出るたびにそのことを責められていた。

 

吃音を意識するようになったのは?

中学生になり連発がよく出るようになった。最初は気にせず話していたが、同級生に真似をされてからかわれたり野球部の仲間に「なんで話すときそうなるん?」と言われたりして、徐々に意識するようになった。次第に症状も酷くなり、自分から話すことも自然と減っていった。

 

高校生活はどうだった?

高校入学後は、自分が吃る姿を絶対に他人に見せないようにしていた。人と話す機会を極力避けて、同級生に何か話しかけられたときは愛想笑いするか聞こえないふりをして無視をすることが多かった。周りからは無口で無愛想な奴に見えていたと思う。その結果クラスで孤立することになるが、「人前で吃るくらいなら友達なんていらない」と当時は思っていた。

この頃は吃音について何も知識が無かったので、吃るのは「気が弱いから」「頭の回転が早くて言葉にするときそのスピードについていけないのではないか」などと考えていた。そんな自分を変えたくて、1年生の後期半年間だけクラス委員長をしたことがある。毎日毎時間授業が始まるたびに「起立、気を付け、礼、着席」を言わなければいけない。たまに言葉が出てこなくて先生や同級生達に不思議そうな顔をされたこともあったが、最後までやり遂げることができた。これで吃音が軽減することはなかったけど、困難に自ら立ち向かったという経験が大きな自信となり今でも残っている。

 

カミングアウトはした?

僕が吃音という言葉を初めて知ったのは高校2年生のとき。ネットで「どもり」と検索したときに吃音のWikipediaを見つけた。自分と全く同じ症状が書かれているのを見て、「話せないのはこういう病気だったんだ」と知りすごく安心した。

しかし親にはすぐにそのことを話せたが、「障害者として差別されるのではないか」「話す姿を今まで以上に注目されるのではないか」「打ち明けたところで『気にするな』『悩んでいるのはお前だけじゃない』と言われて理解してもらえないのではないか」と考えるとそれ以外の人達には打ち明けることが出来なかった。また、それまでに同級生・学校の先生・空手の先輩など5人ほど軽度だが吃音のある人と出会ったことがある。みんな少しくらい吃っても悩んでいるような素振りを見せず過ごしていたのでこんなことで悩んでいる自分が情けないと思っていた。

 

吃音で悔しかったことは?

  • 先生から名前を聞かれて答えられなかったら「自分の名前もわからんのか?」と鼻で笑われた。
  • バドミントンの授業で得点係をしていたとき、プレーしていた同級生から得点を聞かれて答えられなかったら「ちゃんと数えとけや」とキレられた。
  • 授業中先生に当てられて答えがわかっていたけど、苦手なカ行の言葉だったのでわかりませんと答えた。※わかりませんだけは吃らずに言える。
  • 先生に名前を読み間違えられたが、訂正できずそのまま「...はい」と答えたらクラスメイトにクスクス笑われた。

 

印象に残っている出来事は?

19歳のとき、それまで所属していた空手の道場が子供ばかりで練習相手がいないので、もっと強い選手達と稽古ができる道場に移籍したいと思うようになった。しかし直接言葉で伝えられる自信が無かったのでメールで当時の先生にその旨を伝えたら、「そんな大事なことメールで伝えるってなに?」「人としてありえない」と言われた。その後、その先生には大会で会っても冷たくされたり、新しい道場の生徒達と出稽古に行ったとき「なんでいるの?お前はもうここでは稽古させないから」と言われ一人だけ帰らされた。すごく、悔しかった。

 

社会に出てからは?

高校を出たあとは、出来るだけ人と話す仕事をしたくてスーパーのレジ打ちを始めた。仕事は何とかなったけど、職場の人たちとは打ち解けることが出来ず、休憩中はひたすら表情を変えず俯いていた。

次はもっと辛い仕事を選んで自分を追い込んでみようと土木のアルバイトを始めた。現場なので大声で指示を出す必要があり、毎日盛大に吃りながら声を出していた。それでも些細な気遣いの言葉がどうしても言えなくて「思いやりがない」と散々言われた。ある日、とうとう耐えられなくなって退職願を事務所に投函して逃げるように辞めてしまった。

次は工場でライン作業をしていた。ここでも職場の人たちと全く打ち解けることができず、話しかけられても「そうですね」くらいしか返せなかった。「あいつとは会話が続かない」と陰で言われていたらしい。

 

この頃までは、頭の中は寝ても覚めても吃音のことばかりだった。「吃音さえなければ...」という思いがどうしても拭えなくて、現実を受け入れることができなかった。

 

しかしその後、言友会と出会うことで私の吃音観は大きく変わることになる。

 

つづく